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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和34年(う)223号 判決

被告人 宇野博

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

原判示第一に対する事実誤認の控訴趣意について。

原判決挙示の証拠中舛井健治、山名栄一、福田弘、木田外喜雄の司法警察員に対する各供述調書、被告人の司法警察員に対する昭和三十四年七月七日付並びに検察官に対する同年七月九日付各供述調書、原審第一回公判調書中被告人の供述記載及び当審証人舛井健治、同山名栄一、同福田弘の各証言を綜合すると、被告人は、昭和三十四年五月三十一日午後六時三十分頃、国鉄金沢駅地下室から、舛井健治(当十七年)及び山名栄一(当十七年)を、同駅前所在日本通運株式会社倉庫裏に連行し、同人らに対し、「お前らトツボイ(派手な)恰好して何じや、ヤサ(住所)は何処や。」と申し向け、その場で舛井のあごを靴履のまま一回足蹴したうえ、同人を金沢市田丸町七十六番地所在石川ジヤイアント販売株式会社倉庫二階に連れ込み、同人の顔面を靴履のまま三回位足蹴にし、なお、丸太棒を振り上げ、「これで叩きつけてやる。」「この仕末をどうしてくれる。」等と申し向け、次いで、右舛井、山名を同所附近所在のおでん屋源助方へ連行し、同所前で同人らに対し、「千五百円都合せよ。」と申し向け、同人らをして、若し要求に応じないときは、さらにいかなる危害を加えられるかも知れないと畏怖させ、因つてその頃同市田丸町百十番地木田質店において、被告人の同僚谷内口克男に対し、現金千五百円を交付せしめて、これを喝取したものであることを認め得る。ところでこれを原判文に徴すると、原判決は、被告人が最初舛井のあごを足蹴にした場所、舛井、山名に対し金員の交付を要求した時期並びに場所、金員交付の場所並びに相手方、について右認定と多少異る判示をしており、その点につき原判決は認定に誤りがある。しかし原判決の右誤認した点は、恐喝罪の構成要件以外の事項従つて本件の訴因たる事実以外のものに属し、右の程度の誤りは未だ判決に影響を及ぼさないものと解する(なお、金員交付の相手方を誤認した点については、さらに後述する)。弁護人は、「被告人は、被害者らが派手な恰好をしていたので、からかう気持から本件暴行をなしたに過ぎず、従つて舛井が腕時計等を入質して得た金員を被告人に交付したことと、右暴行との間に因果関係は存しない。又被告人は、被害者らを畏怖せしめ、その瑕疵ある同意を利用し、金員領得の行為に出たものでない。」旨主張する。しかし、前記各証拠を綜合すると、被告人の舛井に加えた暴行は、からかいの程度を遙かに越えており、倉庫裏では山名の面前で舛井に暴行し、舛井に対しては更に車庫の二階で暴行し、しかも被告人が舛井、山名を右倉庫裏並びにおでん屋源助方へ連行の際には、絶えず被告人の仲間十名位が囲むようにつき纏つていたがため、舛井、山名は既に畏怖しており、被告人はその畏怖に乗じ金千五百円の交付方を要求し、同人らをして、その要求に応じないときは、このうえ更にいかなる危害を加えられるやも知れないと益々畏怖させ、舛井所有の腕時計並びに山名所有の背広上衣を木田質店に入質して金千五百円を借り受けしめ、事情を知る被告人の同僚谷内口克男に交付せしめたものであることが認められるので、弁護人の主張は採用し難い。弁護人は、「本件当初から被害者らと行動を共にしていた福田弘は、源助方において被告人らと共に飲酒しており、本件暴行のあつた後も、被告人並びに被害者らと共に飲食店大菊に赴き、同所において、被害者らと共に被告人の計算で飲食したうえ、被告人に金沢駅迄送つて貰い、帰途の切符をも買つて貰つている位で、何等畏怖していない。この点に徴するも、被害者らの金員交付は、被告人の暴行に基因していないことが明らかである。」旨主張する。しかし、舛井、山名が被告人の暴行等による畏怖の念から金員を交付したものであること既に説示したところであり、前記各証拠によれば、被害者らと行動を共にしていた福田が、源助方において被告人らと共に飲酒したのは、被告人の仲間に要求されたからであること、飲食店大菊において舛井、山名が茶めしを、福田は酒を、それぞれ被告人の負担で飲食し、更に金沢駅迄被告人らと同道し、福田が被告人から帰途の切符を買つて貰つたのは、いずれも被告人が勝手に取り計つたことで、被害者ら並びに福田は、被告人の言動及びその仲間が絶えず傍らにつきまとつていたことに畏怖し、被告人の指示のまま行動していたものであることを認め得るので、弁護人の右主張も採用し得ない。被告人は、「自分は判示のとおり舛井に暴行を加え、呑ませろと要求したけれども、金員を取つていない。」旨主張する。被告人が直接被害者らから金員の交付を受けず、同僚谷内口に対して金員を交付せしめたものであることは既に認定したとおりである。ところで、刑法第二百四十九条第一項には、同条第二項の「他人をして之を得せしめたる」との規定に相当する明文は存しないけれども、同第二項の規定との釣合上、同第一項の「財物を交付せしめたる」との規定を、被恐喝者の瑕疵ある意思に基き、第三者に財物の所持を移転せしめたる場合をも包含するものと解するを相当とする。してみると、被告人が被害者らを畏怖せしめて現金千五百円を交付せしめたる以上は、その直接に交付を受けたる者が恐喝行為者たる被告人自身たると、第三者である同僚の谷内口たるとに拘らず、同法第一項の恐喝の規定の適用に差異を生ずるものではない。したがつて原判決が、被告人において直接現金千五百円の交付を受けたものの如く認定判示したのは、事実の認定を認つたものではあるが、その誤りは判決に影響を及ぼすものではない。なお前記証拠によると、谷内口は被告人の同僚であり、被告人と行動を共にし、被告人が被害者らに対し金員交付を要求した際もその場におり、被害者らが右要求に対し、所持品を入質して現金を都合すると申し出るや、谷内口が直ちに被害者らを木田質店に案内し、主人に紹介して入質手続を執り、その場で被害者らから現金千五百円の交付を受け、被告人も木田質店前迄被害者と同道し、被害者らの入質手続中同店前に待機していたこと、を認め得べく、これを前認定にかかる、被告人がその後飲食店大菊において被害者らの飲食代金を支払つていること、金沢駅において福田に対し切符を買い与えていること等の事情と考え合わせると、谷内口が金員交付を受くると、被告人が金員交付を受くるとで、経済的実質的関係に影響はなく、従つて、被告人に金員を交付せしめたとする起訴事実に対し、谷内口に金員を交付せしめたと認定することは、被告人の防禦権に影響を及ぼすものでないと解する。されば、被告人に直接金員の交付がなかつたことを理由に、恐喝罪の成立を争う被告の主張は採用に由ないものである。被告人は又、「被告人の司法警察員に対する自白並びに原審第一回公判における自白はいずれも任意性がない」旨主張する。しかし、記録に徴するに、右自白の任意性を疑うに足る資料は存しないし、その形式並びに内容については不自然もしくは不合理な点が毫もなく、記録に顕れた諸般の情況に照らすとき、任意になされたものと認め得るのみでなく被告人の司法警察員に対する供述調書を証拠とすることについては被告人が同意していることは記録上明らかであるから右主張も排斥を免れない。結局論旨はすべて理由がない。

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判官 山田義盛 辻三雄 干場義秋)

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